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「勉強して何になるの?」と馬鹿にしてきたから、「そんなこと言って何になるの?」と言い放ってやった。

2019/03/23
 
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今から10年ほど前、僕がまだ大学生だったある日、

夜遅くまで大学の図書館で物理の書物を読み、帰り際に偶然友達と出くわした。
 
 
 
 
 
僕:「物理の勉強していた。(相変わらず間抜けずらしやがって・・・)」
 
 
そして次の瞬間・・・
 
 
 
 僕:ギクッ!!
 
「そんなに勉強して何になるの?」と言いやがった!!<`ヘ´>
 
 
僕は、一瞬足元がぐらついたが、すかさず、そして冷静に・・・
 
 
僕:「そんなこと言って逆に何になるの?」
 
と言い放ってやった。
 
(「そんなこと言って何になるねん?お前、遊んでるだけやんけ!!」って言ったっけか(笑))
 
友達:「・・・・・・・(*_*;」
 
 
瞬殺してやった。。。
 
という様なことがありました(笑)
 
 
前置きはさておき、「勉強して何になるの?」は愚問すぎるというお話をしたいと思います
 
みなさん、勉強はしていますか?
 
逆に勉強している人を馬鹿にしていたりしていませんか?
 
 
本記事では、勉強するということの意義について僕なりにまとめてみました!(^^)!
 
 
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人は意識しているものしか見えていない

 

 
例えば、
 


  • 最近妊婦さん増えたな~ 
  • 最近、剥げてる人増えたよな~

  • 最近の若者は・・・(と若者の価値観がわかっていないおじさん)

 
 
最近、「~している人増えたな」という感覚ありますね。
 
それは、
  • 「あなたが妊婦だから、もしくは妊婦を気遣う人」だからであり、 
  • 「あなたが脳天ズル剥け」 気味だからであり、 
  • 「あなたがもうおじさん」だから
 
なのですよね。
 
要するに、自分が意識していること・気にしていることに、人は特に集中して見ようとする習性があるということです
 
 
いや、もっと身近にこの僕のブログでいうと、僕は物理の勉強を続けてきました。
 
そして、ある程度難易度の高い問題も読みこなすことができます(と自負しています)。
 
例えば、こちらで紹介している「ランダウ=リフシッツの力学」について
 
 
 
これが、基礎知識のない人が読んでどんなことを感じるのでしょう?
 
数式と数式の間の途中計算、ランダウ(著者)の微妙な言い回し、
 
そこにどのようなメッセージがあると感じ取ることができるのでしょう?
 
意識も知識もなければ、何も見えないですよ。。
 
 
多くは自分のフィルターを通してしか物事を判断できないので、自分がこうだと思っている認識以上の判断は難しいと言えます。
 
しかし勉強は、その「きっかけ」を作ってくれます
 
かんねーな~、見たことないな~!!!」を作るために、
 
勉強をするのです!!
 
 
 

書物での勉強は意味がないのか?

 

 
書物の勉強こそ、大変価値があります。
 
例えば・・・
セミナー
人から教わるなどもとても直接的に自分の力を養ってくれる。
 
だいたい、どんなセミナーになるかは受けなければわからないし、
人から教えてもらう内容も、「何を教えてもらうか」が具体的でないといけません。
 
(セミナーにとりあえず参加して、なんでもいいから教えてくれって人いないですよね。いるかもしれませんが・・・・)
 
 
その点、書物は読むための目的が非常にあいまいで良く
図書館に行けば一生かけても読み切れないほどの書物があり、積極的に利用すれば、
とてつもない人と会ったかのような感覚を味わうことができます
 
 
目的があいまいでいいということが、ここでの味噌です。
 
 
 
たまたま手に取った本が、とても印象に残ったりするからです。
 
つまり、思いがけないきっかけを作ってくれるのです。
 
大学に入って書物と出会い、「大学より上の教育機関がない!!」
ということに気付いて、今も地道に勉強ができているのも、こういった考え方によるものです。
 
 
やはり自分から積極的に多くの出会いを作ることで成長できるのですが、その出会いは必ずしも人でなくても良く、大量の本の中から見つけ出しても良いのです。
 
 
 

分析力が身に付く

 

 
勉強する、書物を読む・・・・色々な知識が身に付くと、分析力が身に付きます。
 
分析力とは何か?
 
平たく言うと、「比較する能力」のことと言えます。
 
あちらではこうだった、こちらではこうだった。
違いは何ですか?
どのように違うのですか?
 
 
↓この記事でも書いた、「力学」と「解析力学」の違いなんてのもひとつの分析です。
 
 
 
 
何も定量的に論じる必要はありません。
 
分析力が身に着くとは、ひとえにただ多くの「きっかけ(出会い)」を作ったおかげで、比較材料が多くなった結果に過ぎません。
 
 
 

今と違う自分が見えてくる。

 

 
「そんなこと言って何になるの?」の続きで、もうひとこと言ってやりたかった言葉が次の言葉です。
 
僕:「あなたは何をやっているの?」
 
友達:「勉強なんてして意味ねーよ」
 
・・・ってか??
 
じゃー何をすればいいの?
 
友達:「もっと実践で積んだが方がいいよ」
 
・・ってか?
 
僕:「実践しながら+勉強(書物)した方が最強じゃない?
 
 
勉強は、「思いがけないきっかけを作ってくれる」と言ったように、
今では見えない自分を探す旅であると考えて、新たな(書物)出会いを作ることができるはずです。
 
 
 勉強することで、何ができるようになるかを探しているのだと思うだけでも、目的なく勉強するのも十分に価値がある行動と言えます。
 

社会に出て圧倒的に有利

 

 
勉強して身に付いたことが全てではないはずです。
 
 
 
社会に出るとひとりで仕事することは少なくなるでしょう。
 
いつか教える立場となったとき、学びの姿勢が身についていると、新しい仕事でも新しい立場になっても(いずれ部下を持つ上司)、そのスキルはきっと自分だけしか持っていないオリジナルのノウハウであると言えます。
 
そのスキルこそが、
「どのように学問を身に付けようと工夫をしたか」
 
「どのように勉強を続けようと自分に声掛けをしたか」
 
のようなマインドコントロールです。
精神を常にどのような場面になっても高い意識で保つための訓練が勉強には含まれているのです(勝手にそう思っています)。
 
実は↑こちらの方が、勉強して身に着いた知識以上に大事です。
 
 
 
逆に、学びの姿勢が身についていない先輩&上司だったら・・・???
 
後輩&部下に対して「そんなに勉強しても意味ねーよ。実践実践・・・・」って言っちゃうのかね(笑)
 
うざくて使えない先輩&上司とはこのことだ。
 

まとめ

 

 
少々強引に話を進めましたが、「勉強そのものに意義がある」と言いたいです。
 
とにかく、目的とか考えずにやればいいです。
 
「いや~目的がないと勉強の効果がね~」とか言ってたら、向かう方向が既に決まってしまっていて、見えないものが見れないのではないかと思うのですが、ここは色々な意見があってもよ良いところでしょう。
 
 
そういえば、この友達は結局留年してたっけかな
 
というわけで、まとめのフローです。
 
フロー
 
 
勉強そのものに意義があり、知らないことを知るための行為であって、目的が先ではない。
 
と思ったり!(^^)!
 
 
 
 
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