【第2回】サザーランドの法則の導出。なぜ粘性係数は $T^{3/2}/(T+S)$ になるのか
サザーランドの法則の導出|1893年の原著論文から粘性係数の温度依存性を読み解く
前回の記事では、サザーランドの法則(Sutherland’s Law)の概要、式の意味、空気の係数、OpenFOAMでの利用方法について解説しました。
サザーランドの法則は、気体の粘性係数 $\mu$ が温度 $T$ によってどのように変化するかを表す式です。
よく使われる形は次の式です。
また、OpenFOAMなどでは次の形で表されることもあります。
ここで重要なのは、なぜ式の中に $T^{3/2}$ や $T+S$ が現れるのか、という点です。
この記事では、1893年にWilliam Sutherlandが発表した原著論文 “The viscosity of gases and molecular force” の考え方をもとに、サザーランドの法則がどのように導かれるのかを解説します。
- サザーランドの法則が生まれた背景
- 分子運動論だけではなぜ不十分だったのか
- 分子間力が粘性係数にどのように影響するのか
- なぜ $T^{3/2}$ が現れるのか
- なぜ分母に $T+S$ が現れるのか
- 原著論文の考え方と現在の式の対応
サザーランドの法則が必要になった背景
気体分子運動論では、気体の粘性係数は分子が運動量を運ぶことで生じると考えます。
分子が速く動くほど、運動量を遠くまで運ぶことができるため、粘性係数は大きくなります。
温度が高くなると分子の速度は大きくなります。気体分子運動論では、分子の代表速度 $v$ は絶対温度 $T$ に対して次のように比例します。
そのため、非常に単純に考えると、気体の粘性係数も次のように温度の平方根に比例すると予想されます。
しかし、実験結果を見ると、多くの実在気体では粘性係数の温度依存性は $\sqrt{T}$ よりも大きくなります。
つまり、単純な分子運動論だけでは、実験結果を十分に説明できませんでした。
そこでSutherlandは、気体分子を単なる硬い球として扱うだけではなく、分子間力の影響を考慮しました。
これがサザーランドの法則の出発点です。
気体の粘性を分子運動論で考える
まず、分子間力を考えない単純な場合を考えます。
気体の粘性係数は、ざっくり言えば次の3つで決まります。
- 分子がどれくらい速く動くか
- 分子がどれくらい遠くまで運動量を運べるか
- 分子同士がどれくらい衝突するか
気体分子運動論では、粘性係数は次のような形で考えることができます。
ここで、$\rho$ は密度、$v$ は分子の代表速度、$\lambda$ は平均自由行程です。
平均自由行程 $\lambda$ は、分子が次の衝突までに進む平均距離です。
分子が衝突しやすいほど、平均自由行程は短くなります。逆に、衝突しにくいほど、分子は長い距離を進むことができます。
分子を半径 $a$ の硬い球と考えると、衝突のしやすさは分子の断面積に関係します。
分子の有効な衝突断面積は、おおまかに次のように表されます。
ここで、$2a$ は分子の直径です。
このとき、衝突断面積が大きいほど分子は衝突しやすくなり、平均自由行程は短くなります。
したがって、分子間力を考えない場合、粘性係数は概念的に次のように書けます。
さらに、分子速度 $v$ は $\sqrt{T}$ に比例するため、
となります。
分子の大きさ $a$ が温度によって変わらないとすれば、結局、
となります。
これが、分子間力を無視した場合の素朴な結論です。
分子間力を考えると何が変わるのか
Sutherlandが注目したのは、分子同士の間に働く引力です。
分子同士が十分に離れているとき、分子間力の影響は小さいと考えられます。
しかし、2つの分子が非常に近くを通過するときには、分子間引力によって軌道が曲げられます。
その結果、本来なら衝突しなかったはずの分子同士が、引力によって衝突する場合があります。
つまり、分子間力は衝突の回数を増やす方向に働きます。
これは、分子の実際の半径 $a$ が大きくなったという意味ではありません。
分子間引力によって、分子が衝突しやすくなるため、見かけ上の衝突断面積が大きくなったように扱える、という意味です。
この考え方を数式で表すと、分子間力を考慮した有効断面積は次のように補正されます。
ここで、$C$ は分子間力の影響を表す定数です。
この式が非常に重要です。
分子間力によって衝突断面積が $1+C/T$ 倍になる、と考えることで、粘性係数の温度依存性が修正されます。
なぜ +C/T$ という形になるのか
ここで、なぜ $1+C/T$ という形になるのかを考えます。
分子間力によって衝突が増える効果は、分子がゆっくり動いているほど大きくなります。
分子の速度が小さいと、2つの分子が近くを通過するときに、分子間引力によって軌道が曲げられやすくなります。
逆に、分子が高速で動いている場合、分子間力が働く時間が短くなるため、軌道はあまり曲げられません。
つまり、分子間力の影響は、分子の運動エネルギーが小さいほど大きく、運動エネルギーが大きいほど小さくなります。
分子の運動エネルギーは温度に比例します。
そのため、分子間力による補正は、温度 $T$ に反比例する形で効いてきます。
このことから、有効断面積の補正は次の形になります。
低温では $C/T$ が大きくなるため、分子間力の影響が大きくなります。
高温では $C/T$ が小さくなるため、分子間力の影響は相対的に小さくなります。
この温度依存性こそが、サザーランドの法則における分母の $T+S$ につながります。
粘性係数に分子間力の補正を入れる
分子間力を考えない場合、粘性係数は次のように表されました。
ここに、分子間力による有効断面積の補正を入れます。
有効断面積が
になるので、粘性係数は次のようになります。
ここで、同じ気体を考える場合、$(2a)^2$ は定数としてまとめることができます。
したがって、温度依存性だけに注目すると、
となります。
分母を整理するために、次の変形を行います。
したがって、
さらに整理すると、
ここで、
なので、
となります。
これが、サザーランドの法則の基本形です。
現在のサザーランドの法則との対応
ここまでで、粘性係数の温度依存性が次の形になることが分かりました。
現代的な表記では、分子間力の影響を表す定数 $C$ を、サザーランド温度 $S$ として表すことが多いです。
つまり、
と置くと、
となります。
比例定数を $C_1$ とまとめると、OpenFOAMでも使われる次の形になります。
ここで、$C_1$ は気体ごとに決まる定数です。
この式を見ると、サザーランドの法則の構造が分かりやすくなります。
- 分子速度の温度依存性から $\sqrt{T}$ が出る
- 分子間力の補正から $1+C/T$ が出る
- それらを整理すると $T^{3/2}/(T+S)$ になる
基準温度を使った形に変形する
実際の計算では、基準温度 $T_{\mathrm{ref}}$ における粘性係数 $\mu_{\mathrm{ref}}$ を使って表すことが多いです。
まず、サザーランドの法則を次の形で書きます。
基準温度 $T_{\mathrm{ref}}$ における粘性係数を $\mu_{\mathrm{ref}}$ とすると、
この式を $C_1$ について解くと、
となります。
これを元の式に代入します。
整理すると、
したがって、
となります。
これが、現在よく使われているサザーランドの法則の形です。
サザーランド温度 $S$ の物理的な意味
サザーランド温度 $S$ は、分子間力の影響を表すパラメータです。
ただし、$S$ は実際の気体温度ではありません。
分子間力によって衝突断面積がどの程度増えるかを、温度の単位で表した定数と考えると分かりやすいです。
有効断面積の補正項は次の形でした。
この式から分かるように、$S/T$ が大きいほど、分子間力による補正が大きくなります。
低温では $S/T$ が大きくなるため、分子間力の影響が強く現れます。
一方、高温では $S/T$ が小さくなるため、分子間力の影響は相対的に小さくなります。
そのため、サザーランド温度 $S$ は、気体ごとの分子間力の強さを反映したパラメータと見ることができます。
OpenFOAMの式との対応
OpenFOAMでは、サザーランドの法則が次の形で使われることがあります。
ここで、$A_s$ がサザーランド係数、$T_s$ がサザーランド温度です。
これは、この記事で導いた次の式と同じ形です。
対応関係は次のようになります。
- $A_s$:サザーランド係数 $C_1$
- $T_s$:サザーランド温度 $S$
空気の場合、代表的には次の値が用いられます。
|
1 2 3 4 5 6 7 |
transport { transportModel sutherland; As 1.458e-06; Ts 110.4; } |
この設定は、次の式で粘性係数を計算していることに対応します。
このように、OpenFOAMの設定値も、原著論文の考え方から導かれるサザーランドの法則と直接対応しています。
導出の流れを整理する
ここまでの導出を整理すると、次のようになります。
- 気体の粘性は、分子が運動量を運ぶことで生じる。
- 分子速度は温度に対して $v \propto \sqrt{T}$ となる。
- 分子間力を無視すると、粘性係数は $\mu \propto \sqrt{T}$ となる。
- しかし実験では、粘性係数は $\sqrt{T}$ よりも強く温度に依存する。
- Sutherlandは、分子間引力によって衝突数が増えると考えた。
- 分子間力の影響により、有効断面積が $1+C/T$ 倍になる。
- その結果、粘性係数は $\mu \propto \sqrt{T}/(1+C/T)$ となる。
- これを整理すると、$\mu \propto T^{3/2}/(T+C)$ となる。
- $C$ をサザーランド温度 $S$ と書けば、現在のサザーランドの法則になる。
まとめ
この記事では、Sutherlandの原著論文の考え方をもとに、サザーランドの法則の導出を解説しました。
重要なポイントは、分子間力によって分子の衝突が増えると考えることです。
分子間力を無視すると、粘性係数は単純に $\sqrt{T}$ に比例します。
しかし、実在気体では分子同士に引力が働くため、衝突断面積が見かけ上大きくなります。
その補正が $1+C/T$ という形で入り、最終的に次の形が得られます。
これを基準温度 $T_{\mathrm{ref}}$ と基準粘性係数 $\mu_{\mathrm{ref}}$ を使って表すと、現在よく使われる次の式になります。
サザーランドの法則は、単なる経験式ではなく、分子運動論と分子間力の考察から導かれた半経験式です。
そのため、OpenFOAMなどのCFDソフトウェアで使われている式の背景を理解することで、物性値モデルをより意味を持って扱えるようになります。
次回は、サザーランドの法則をOpenFOAMのソースコードや設定ファイルと対応させながら、実際にどのように粘性係数が計算されているのかを見ていきます。
参考文献
- W. Sutherland, “LII. The viscosity of gases and molecular force,” Philosophical Magazine Series 5, Vol. 36, Issue 223, pp. 507–531, 1893.
- OpenFOAM User Guide / thermophysical models

